高松高等裁判所 昭和43年(う)64号 判決 1971年3月30日
控訴人 検察官・被告人
被告人 寺前学
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用中、証人今津尚男、同槇茂、同杉本捷典、同工藤賢治に各支給した分は被告人の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、記録に編綴してある検察官正木良信作成名義の控訴趣意書、検察官立岡英夫作成名義の昭和四四年三月一一日付、同四五年六月五日付各釈明書及び同検察官作成名義の昭和四五年一二月四日付意見要旨(これらに対する答弁は、弁護人杉本昌純作成名義の答弁書及び昭和四五年一二月四日付弁論要旨)及び弁護人杉本昌純作成名義の控訴趣意書及び右弁論要旨(これに対する答弁は、検察官立岡英夫名義の答弁書)に各記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
第一検察官の控訴趣意について、
所論は、要するに、原判決が昭和二七年一月二四日改正施行にかかる徳島市条例第三号「集団行進及び集団示威運動に関する条例」(以下本件市条例或は現行市条例と称する)三条三号の「交通秩序を維持すること」という規定は、はなはだ不明確な立言であつて、罰則規定である五条との関連性において、犯罪構成要件の明確性が要請されている罪刑法定主義にもとり、憲法三一条に違反すると共に、その不明確性が現市条例四条の規定とも相まつて、憲法二一条の保障する表現の自由を侵害するおそれがある点において憲法に違反する旨認定したのは、本件市条例三条三号の解釈適用を誤つたものであり、「交通秩序を維持すること」とは、多衆による平穏且つ秩序ある集団行進等が必要的にもたらす交通秩序の阻害を超えて、ことさらな交通秩序をみだすおそれのある、即ち交通秩序に具体的危険を生ぜしめる行為を一切しないことをさすのであつて、その立言が一般抽象的であつても、立法技術上止むを得ないものであつて、その内容は確定できるというのである。
よつて、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ斟酌し、次のとおり判断する。
(一) 地方自治法一四条五項によると、憲法九四条の規定をうけて、普通地方公共団体は、法令に特別の定があるものを除く外、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役もしくは禁錮、十万円以下の罰金、拘留、科料又は没収の刑を科する旨の規定を設けることができると規定し、同条六項によると、前項の罪に関する事件は、国の裁判所がこれを管轄するとされている。
しかして、国の裁判所が憲法七六条により司法権を行使し、ある行為の故に刑罰を科するためには、成文の法規によつてその行為の可罰的要件が行為の当時、定められていなければならないと共に、刑罰法規における可罰行為は少なくとも合理的解釈によつて確定できる程度の明確性が要請されていることは、刑罰法令の基本原理であり、憲法三一条の解釈よりしても異論のないところである。
(二) 当審における検察官提出の釈明書(一、三三八丁)及び当審証人沢田保の供述(一、四一一丁以下、一、四三〇丁以下)等によると、徳島市においては、昭和二五年一二月二七日公布の徳島市条例第三六号集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下旧市条例と称する)が昭和二六年一月一日より施行せられており、その内容は、いわゆる許可制となつており、旧市条例三条但書によると、許可に際し「交通秩序維持に関する事項」について、必要な条件を付することができ、同旧市条例五条によると、右条件違反の指導者、せん動者等に対し一年以下の懲役もしくは禁錮又は五万円以下の罰金が科せられることとなつていた。ところが、昭和二七年一月二四日改正の現行市条例においては、旧市条例の許可制をいわゆる届出制に改めると共に必要な個別的条件を事前に付することを止めて、一般的遵守事項として、集団行進又は集団示威運動を行なおうとする者は、集団行進又は集団示威運動の秩序を保ち、公共の安寧を保持するため、「交通秩序を維持すること」(現行市条例三条三項)とのみ規定し、「蛇行進、うず巻行進等何等の例示を付することもなく、また「交通秩序維持のための条件を事前に明示する委任手続を規定することもなく、右「交通秩序の維持」違反に対しても旧市条例五条と同様の罰則を敢て存置している(現行市条例五条)。
右の如き本件市条例改正の経過よりすると、現行市条例三条三号にいう「交通秩序を維持すること」の意味を検察官指摘の如く「集団行進等が行なわれる場合にあらねばならない交通秩序を維持すること」(一、五〇八丁うら)と解しても、「交通秩序の維持」なる文言は原判決も説示しているとおり、犯罪構成要件としては、はなはだ広義且つ包括的で、その内容が不明確なものであつて、その内容を現市条例に直接規定するか、委任規定によりその都度条件を設定するなどしてその内容が適式且つ具体的に補充されてない限り、刑罰法規としての明確性に欠ぐるところがあると認めざるを得ず、現行市条例全体を有機的一体として考察しても、第三条の「交通秩序の維持」違反に該当する行為につき、何等の例示もせず、条件として明示してもないのに、「蛇行進は、平穏かつ秩序ある集団示威行進における許される限度を超えることさらな交通秩序違反の典型的な行為である」と合理的に解釈認定できるという主張は到底是認できなく(所論の裁判例(一、〇四一丁うら、一、五〇九丁)は、許可制条例において許可条件が定められている場合であり本件にはあてはまらず、最終意見要旨(一、五一三丁うら以下)における例示も適切ではない、)本件市条例には、少なくとも、一般、抽象的概念である「交通秩序を維持すること」の内容を補完、明白にするについて規定の不備があるものと認めざるを得ない。
即ち、いわゆる許可制公安条例においては、一般に許可条件により犯罪構成要件を補充し明確にしている(その条件は公共の安寧に対し直接危険状態を惹起するものに限定すべきか、単に道路交通秩序にかかわりがある程度のものでも許容できるか論議の存するところではあるが、本件には、その条件が付されていないのであるから論外とする。)現状にあるのみならず、本件市条例と同じいわゆる届出制公安条例においても、群馬県条例は、第五条、第六条において、公安委員会による遵守事項を定めた命令書の交付を規定し(法律時報昭和四二年一〇月号臨時増刊一四五頁参照)、千葉県条例は、第七条において、公安委員会による条件の定めとその書面交付を規定し(同右一四八頁参照)、佐賀県条例は、第四条において、同様公安委員会によつて条件がつけられる旨規定せられている(同右一七八頁参照)外、埼玉県条例においても、第三条において、「蛇行行進」をしないことが遵守事項として明示されている(同右一四六頁参照)のに対し、本件の現行市条例は他に例のない形式の届出制公安条例として、集団行進及び集団示威運動の自由の事前規制を最少限度にしている反面、罰則規定の適用については、前記の如き立法上の不備があるのである。
(三) 右本件条例の不備を意識していたかどうかは明らかではないが、現行警察法施行後において、徳島市における集団示威行進等が、殆んど道路を使用するものであり、かつその場合の道路使用は、道路交通法七七条一項四号および徳島県道路交通施行細則一一条(現行のものは昭和三五年一二月一八日徳島県公安委員規則第五号-一、三四六丁)により、所轄警察署長の許可を要することとなつているため、集団行進等の主催者は、所轄警察署長に右道路交通法令所定の道路使用許可の申請書を提出すると共に、現市条例二条所定の県公安委員会あての届出書を差出すのを例とし(一、一二一丁)、所轄警察署長は右届出書を県警本部長を経由し県公安委員会に進達すると共に、右道路交通法令による道路における危険防止及び交通の安全と円滑を図るため必要な条件としてその都度所管警察署長より、三列縦隊で行進を行ない、蛇行進及び渦巻行進はしないこと等何項目かにわたる条件を付した許可証を交付してその許可がなされているのが例となつていたところよりすると、現行市条例は、道交法七七条による規制の対象として具体的許可条件とした事項については、現市条例による規制乃至処罰の対象としないこととしたものとも解せられる。(現に本件にいたるまで現行市条例により検挙、処罰はなされてない-一、三八六丁うら-のみならず、集団行進及び集団示威運動に関する条例を制定していないところにおいては、道交法令による取締のみによらざるを得ず、本件の場合においても交通秩序の維持に関する限り、道交法令による取締のみに任せても、本件市条例三条三項が企図する交通秩序維持に欠くるところがあるとは認められない)
即ち、本件の集団行進及び集団示威運動に対しては、原審認定の如く、現行市条例一、二条に基く県公安委員会に対する届出の外に、道路交通法七七条一項四号、徳島県道路交通法施行細則(一、三四六丁)により道路使用の許可条件として、所轄徳島東警察署長より「三列縦隊で行進を行ない、蛇行進及び渦巻行進等はしないこと等の六条項が定められてはいるが(五七丁)、原判決の認定するとおり、法律と市条例という法体系の相違よりして、右道交法令に基づく許可条件が、現市条例に規定せられている「交通秩序の維持」の内容を具体的に補充するものでないことは明らかである外に、地方自治法一四条一項により、条例は法令に違反しない限りにおいて制定できるという趣旨よりすれば、少なくとも、道交法七七条により所管警察署長が道路使用の許可条件として具体的に規制の対象とした事項については、特段の理由なくして直ちに条例による規制、処罰の対象とすることは許されないものと解せられるので、前記の如く蛇行進をしないことが、道交法に基づく許可条件として明定せられ、現市条例においては、蛇行進の禁止を明示してない本件事案においては、蛇行進違反に対する規制、処罰は、道交法によつてのみ行ない得るものであり、また本件市条例も第五条の罰則を適用しないこととしているものと解釈するのが相当であり、条例上何等の明示もないのに、検察官が、道交法七七条に基づく許可条件として蛇行進をしないことが明示されているときは、同条違反として処罰せられるとともに他方では現市条例の交通秩序を維持するという遵守事項にも反するものとして処罰できる旨の主張(一、一〇五丁)しているのは、少なくとも本件事案に関する限り、失当であるといわざるを得ない(蛇行進をしないこと等の許可条件が、所轄公安委員会と所轄警察署長の双方より重複して出されている場合には、両者の関係につき問題とすべき点があるとしても、本件はそのような事例には該当しない。)。
(四) なお、検察官の控訴趣意において、「原判決が現市条例三条三号の規定は、その構成要件の一般的抽象的、多義的かつ不明確性がその四条の規定と相まち、憲法二一条の保障する表現の自由に対する侵害を招来せしめるおそれがある点においてもまた、右憲法の条規に違反し、従つて無効である」旨判示しているのを失当であると主張するけれども、少なくとも本件において、前述の如き理由により被告人を無罪とするにつき、敢て憲法二一条にまで言及する必要はないものと認めるので、この点の判断はしないこととする。
以上要するに、原判決が、本件市条例三条三号の規定をもつて、憲法三一条の規定に違反するとして、右条例五条の罰則を被告人の所為に適用できないとした判断に過誤はなく、また本件の事案においては、少なくとも蛇行進等交通秩序違反の行為に対して、道路交通法令による処罰の対象となることはあつても、本件市条例による処罰の対象とされてないと解釈できるので、るる述べている検察官の所論は首肯できなく、論旨は採用できない。
第二弁護人の控訴趣意について、
一 被告人に対する現行犯逮捕行為の適法性について、(控訴趣意第二点)
所論は要するに、憲法違反である本件市条例違反としての現行犯逮捕は違法であるのみならず、被告人は南海ビル前でのジグザグ(蛇)行進(その存在自体にも証拠上疑問があるが)には参加しておらず、これを制止していた(二〇四丁参照)ものであるから、道交法違反としても現行犯人として逮捕されるいわれはないというのである。
よつて記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討し、次のとおり判断する、即ち本件現行犯人逮捕は、当審において提出された現行犯人逮捕手読書(一、四七六丁以下)及び原審及び当審証人沢田保等関係人の証言を綜合すると、概ね次のとおりであつたと認められる。
(一) 本件集団示威行進は、「安保反対、平和と民主主義を守る徳島県民会議」(議長横山周次、事務局長槇茂)の主催により、昭和三九年一一月一三日午後五時半頃(九四〇丁)より、徳島市役所前広場において、米国原子力潜水艦の日本寄港に反対する抗議集会を終つた後、六時頃徳島市役所前を出発し、同市通町、両国橋通り、両国橋、銀座通り、籠屋町、東新町、新町橋通り、新町橋を経て元町ロータリー、名店街前徳島駅前東側道路、徳島駅正面より鉄道管理部前にいたつて流れ解散をする計画のものであり、その参加人員は約千名位であつたものと認められるが、本件示威行進団は、当時佐世保における米原潜寄港反対デモで逮捕者が出たという情報も入つて、そのような当局の措置に対する怒りと不安で、従来のデモとは違つた興奮状況にあつた(六四九丁以下、六七一丁、一、五〇一丁)ものと推認せられるが(三〇四丁うら)、本件示威行進団の最先頭は、安保県民会議の役員、当日の抗議集合の議長団、続いて各団体の旗の所持者(二〇人位-七八四丁うら)らの後に、社青同を中心に県労青年婦人部、学生等の混成集団(百四、五十名乃至二百五十名位-六一六丁、七〇二丁、以下青年学生集団という)が概ね三列で行進をし(五七六丁以下)、被告人は右集団の指導、統制者であると共に、その後続集団との連絡(気を配つていた)をも担当していた(八九八丁以下)ものである。
(二) 本件現行犯逮捕は、本件示威行進に対する警備を担当した警備部隊中の特科部隊である採証小隊長付として勤務についていた沢田保警部補(制服、制帽、短靴、交通腕章を付し警棒所持-二二〇丁)が、徳島駅前東側道路附近(六時四七分頃)において青年学生集団が、道交法による許可条件として禁止せられている(主催者より事前に知らされている-七〇〇丁)蛇行進(東側の斜線道路、コトデンの農業会館の方に行く道路等東の方に通じている道路の方に相当ふくらんでジグザグをした-一三三丁うら)をしている(被告人においても、琴デン前で蛇行進があつたという-九一八丁うら)のを、南海ビルの西南角附近の車道上(五三四丁)で現認し、ジグザグが斜線道路(紙屋町方向)の方にふくれていくのを被告人が止めようとせず、早足で上がつていつて(追従)マイクを構え(二一〇丁うら)、後を振りかえつた瞬間、点火したフライヤーを持つた沢田警部補と顔が合うや、マイクで何か呼びかけていた被告人が、手をぱつと横に広げて(やめという意味で)二、三歩横すべりして笛を一声ピーツと吹いたのを見聞するや(一九五丁以下、二一一丁、一、四二三丁)、右沢田警部補において、被告人を道交法七七条違反及び本件市条例三条三号違反による五条該当の現行犯人と認めて(一三五丁うら)、「あいつがせん動者だ逮捕せよ」と指さして声をかけ(三七五丁、四四一丁)逮捕の指示をしたものであり(八七一丁)(当審沢田証人は指導者として逮捕したという-一、四二四丁うら)沢田警部補の右逮捕指示によつて、南海ビルの工事現場の西南角附近をデモ隊列最先頭と並進していた機動隊員横田和孝巡査部長は、直ちに逮捕に着手し、デモ隊列の中に逃げこもう(九二八丁参照)としていた被告人(八四五丁)を追いかけ、右工事現場前歩道上において被告人の左腕をつかまえ、同時にこれに協力して同機動隊員浦川真義巡査が被告人の右腕をつかみ、デモ隊列より連れ出し、柴田喜義巡査も協力して徳島駅前派出所に被告人を連行して行く途中、被告人は足先を土地に突張つて体重を後にかけ(五三六丁うら)前に行かないような動作をしたので、横田部長は後記認定の如く岡本賢治巡査の協力をも得て、被告人を右派出所内に連れこんで(六時四七分頃)、手錠をかけて逮捕行為を完了したものである。
(三) 沢田警部補が被告人の逮捕を命じた時の被告人の最終行動は、デモ隊を制止せんとする姿勢であつたことは右沢田においても認める(七一六丁参照)ところであり、被告人においても南海ビル前あたりで蛇行進といわれるようなものがあつたと自認(一、四九二丁)した上、被告人は整理役(一、四九四丁以下)として、「蛇行進をできるだけ静止させようという行動で、ぼくがデモ隊の前へ手を広げて前へ行つたけれども静止しなかつたので、横側へ行つてデモ行進を押える(体で止める)かつこうになつた(一、一三七丁うら参照)、そうするとあいつをやれということで(逮捕された)旨(九二七丁うら、一、四九四丁うら)述べているけれども、関係証拠によると、徳島駅前東側道路附近の蛇行進は幅八・九米にわたり(八六七丁)、「つぼや」食堂前附近(八四一丁)から南海ビル中央前附近(八四八丁)まで約三五米位(八六七丁)続いたものであり(三七三丁うら)、小山書店のあたり(八四〇丁)からちようどデモ隊は折れたような状況で広い幅になつており(五五四丁うら)、南海ビルの前でも蛇行進をしていた(五五五丁)ものであり、被告人において徳島バスのビル西南角の西側附近で、蛇行進をしている隊列の左外側を隊列に向いてあとずさりなどしながら、拍子をとり、笛を吹きなどして蛇行進の指導或はせん動をしていた(三四七丁以下、三五二丁以下、五一三丁、五二二丁)と認められるので、被告人が逮捕直前の蛇行進を制止していたのに過ぎないとの主張は採用し難いのみならず、以下説示する如き本件逮捕にいたるまでの被告人の言動を綜合すると、被告人に対しては、南海ビル前の蛇行進を含め、以下認定の一連の蛇行進の現場共謀者であると認むべき容疑は十分であり、道交法七七条違反の現行犯人と認められることは止むを得ず、本件現行犯逮捕に違法、不当はなく、現行市条例違反として処罰はできないということによつて、右逮捕行為の適法性に消長はないものと解する。(原判決が、右逮捕を「(準)現行犯人として」と表示しているのは措辞適切ではないが、弁護人主張の如く準現行犯と認定したものとも解せられないので破棄すべき程の不当はないものと認める)
即ち、本件逮捕にいたるまでの経緯として、
(1) 被告人は本件示威行進に参加するについて、警笛(昭和四三年押第一八号の二)及び携帯マイク(同号の一の一、二)を所持し、国防色のアノラツクを着用し、登山靴(同号の四)をはき、左腕に赤地に白で総評の文字の入つている腕章(同号の三)をつけるという人目につきやすい服装装備で、本件示威行進集団の先頭部の青年学生集団の指揮、統制者であつた(被告人自身も社青同の徳島地区本部委員長-九三六丁)と認められる(二二一丁、六九八丁)が、(従来も大衆行動の指導をしておりデモでは目だつ存在であつた-六〇五丁)
(イ) 両国橋通り甲子園パチンコ店前附近(六時一〇分頃)のフランスデモ(中央線を右に一・五米位越え、約一九米にわたつて行なわれた-八六二丁)に際して(被告人においてはジグザグデモもあつたと供述する-九〇二丁以下)、隊列の右外側を前後して掛け声をかけていた(二三七丁、三八八丁、四〇二丁、なお一〇三丁参照、被告人においても精神的に参加したと供述する-九〇四丁うら)こと、
(ロ) 銀座通り銀座パチンコ店附近(京華苑より柳屋薬局にいたる間附近)(六時一五分頃)において、本件示威行進団の先頭部青年学生集団が、蛇行進(有効道路巾の九分位乃至一ぱいに-三四一丁、八六二丁うら-にわたつて、長さ約一五〇米-八六二丁うち)をしている際、被告人は、(八五〇丁)隊列の右外側を前後して、デモ隊員に合せてマイクで「わつしよい、わつしよい」等と呼びかけて拍子を取つて気勢を上げ(一〇五丁以下、一六四丁以下、二三七丁、三九〇丁以下)、警察官の制止と同時に被告人のピーツという長い警笛の一声で蛇行進がすつとやまつたこと(一〇七丁以下、一一〇丁以下)(被告人においても蛇行進は起つたと供述し-九〇五丁、笛を使つたことも認める-九〇七丁)
(ハ) 東新町黒崎書店、徳島東映、サマン糸店(一七一丁)栄屋百貨店前附近(六時二〇分頃)において、前記青年学生集団が蛇行進(七・八米の道路巾ほとんど一ぱいにわたつて-一七五丁、二五七丁うら)をはじめるに際し、被告人において、携帯マイクで「わつしよいわつしよい」等と掛け声をかけ(二四三丁、二七一丁)、終るに際し警笛を長く吹いている(二七一丁以下)こと、
(ニ) 新町橋通り池田時計店前附近(六時二七分頃)における蛇行進(約四五米、八五一丁)に際し(被告人においてもジグザグデモがあつたという-九一〇丁)、デモ隊の左側列外にいた被告人が警笛をピツ、ピツと吹くと同時にデモ隊より「わつしよい、わつしよい」というかん声が上り(七一一丁参照)蛇行進(グリーンベルト迄東側幅八米の車道を略一ぱいになつた-八六四丁-ともいわれ、緑地帯から一米乃至一米半あいていた-二六五丁-ともいう)が始まつた(一一八丁以下)こと-この蛇行進(バス及び二、三台の自動車停止-三九七丁)は、機動隊員一二、三名の左側並進規制-二九六丁-と警笛の長い一声(一八四丁うら)によつて止まつた(一二〇丁)-
(ホ) 新町橋北詰橋本そば屋附近(六時三〇分頃)における蛇行進(約一七米-八五二丁、八八四丁うら、八八五丁)に際し(被告人においても蛇行進があつたという-九一四丁)、被告人は青年学生集団の先頭附近の列中にはいつて(一七四丁うら)、後向で自分の体を動かしながら気勢を上げるような状況で笛を吹いて(一二四丁以下)、蛇行進(道路三分の二-二九七丁、或は道路一ぱいになつたこともある-二五一丁)が始まり(一二六丁うら)、自らも蛇行進をし(二七四丁)またマイクで掛け声をかけている(二四五丁)こと、-この蛇行進(バス、タクシー約四、五台停滞-二九七丁うら)も機動隊員の並進規制により納まつた、機動隊が来る時分に被告人であるとは確認できないが、長い一声がピーツと聞えて止まつた(一二六丁、一八五丁)-
(ヘ) 新町橋の橋上中央部附近で、沢田警部補は真鍋昭典鑑識係に対し、被告人がせん動しているので十分注意するよう指示をし、(原審証人真鍋昭典の証言-三〇一丁)、被告人においても、元町ロータリー手前附近において「これ以上ジグザグ行進をすると君等を検挙する」旨沢田警部補より警告を受けている(一二七丁)こと、(被告人においても、今度やつたらやるぞと恫喝されたと述べている-九二五丁うら)
(ト) 徳島駅前名店街西北側附近(六時四二分項)における約三七米にわたる青年学生集団の蛇行進(八八九丁、被告人においてもきわめて幅がせまいが蛇行進があつたという-九一六丁、市バスが通行するのに危険であつた-三九八丁うら)に際し(八五四丁うら、八五五丁)被告人は「わつしよいわつしよい」等と掛け声をかけている(二四六丁)こと、
がそれぞれ認定できる外、
(2) 被告人において、「被告人自身ジグザグ行進のせん動と共鳴の中間位(一般概念としての-九二二丁うら)の行為があつた」(八四丁)、「ある程度の蛇行進ならやつてもよし、やれというように心の中で思つていた(九二三丁)、やるべきだと思つていた(九二四丁)」旨内心の意図を表明しているところを綜合すると、原判決認定の蛇行進(包括して道交法七七条違反の一罪を構成するものと解せられる)のいわゆる現場共謀者と認められる嫌疑は十分である。
(三) 以上の認定よりすると、被告人が自ら蛇行進に加わつたのは橋本そば屋前一ケ所であるとしても、前記の如き包括的一連の蛇行進の指導、せん動をもつて現場共謀者と認める余地がある限り、最終段階である南海ビル前の蛇行進に際し、被告人が道交法七七条違反の現行犯人として逮捕されたことも止むを得ず、本件被告人に対する現行犯逮捕が不適法であるとの所論は採用できない。
被告人において、「私が、隊列の外から集団行進者に対し、携帯マイクで「わつしよい、わつしよい」、「原潜反対」「原潜かえれ」などといつたことはあるが、これは集団行進者の一員として、且つまた示威行進のシユピレヒコールとして叫んだに過ぎず、集団行進者に蛇行進をさせる目的でしたものではない(一八丁)、とか或は、「私はジグザグ行進をしたことはありますが、それは警告を受ける前でした。私は「お前今度ジグザグ行進をやつたらやるぞ(逮捕するという意味にとつた)と警察官からいわれた以後は、自分自身でジグザグ行進をしたり、煽動をした事実もない」(七〇丁うら)等と述べているのは、単なる弁解と認める外はない。
二 岡本(現在工藤)賢治巡査に対する暴行による公務の執行妨害と傷害について、(控訴趣意第一点)
所論は、要するに、被告人には岡本巡査に対しおよそ「蹴る」というような暴行の故意はなく、原判決認定の如き「蹴つて暴行を加え」た等といえる行為はなく、被告人の抵抗は逮捕後しかも不当逮捕に対する消極的抵抗であり、公務執行妨害及び傷害とも無罪であるというのである。
よつて、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討し、次のとおり判断する。
(一) 岡本賢治巡査は、制服、制帽で徳島駅前派出所前の車道で北に向つて交通整理の勤務についていたものであるが、二人の機動隊員が一人(被告人)を中間に入れて腕でかかえるようにして駅前派出所の方に連れてきているのに対し、両腕をとられている被告人は足を突張つて前に行くまいとしているのを見た(四二五丁以下)ので、同巡査は五、六米近寄つて行つたところ、手をかかえていた横田巡査部長より「足を持つてくれ」といわれた(四二七丁以下)ので、被告人に向つて右側(右斜め前)から、少しうつむくような姿勢で左手を上、右手を下(一、三六四丁)にして(被告人の左足のほうから近づき-一、三五七丁)両足をすくいあげてかかえ込むようにして膝と足首の中間位のところに両手を持つていき、被告人の足を持ち上げるか、持ち上げないぐらいのとき、被告人は足を取られまいとして(四三五丁、四四七丁うら、四六二丁、五三九丁)足を前後と上下に振つて(自転車のペタルを踏むように動かして-一、三五七丁)暴れ(抵抗し)たため(浦川証言は足を取られまいとしてばたつかせて足を取らさないようにしていた-五四三丁-足の片一方を土地につけるようにして、片一方の足は上にぽんと上げるんです-五四八丁-と述べている)被告人のはいていた登山靴(昭和四三年押一八号の四)が岡本巡査の鼻、口附近に当つたので(唇の内側が切れ-四三三丁、四六三丁、一、三五八丁うら、岡本巡査においては足を取りに行つて顔をけられたと感じている-四三五丁うら、四六四丁うら、なお浦川証言-五四一丁参照)岡本巡査があごのあたりを自分の手で押え、のけぞるようにした時(五四三丁)、帽子が落ちた(五三九丁うら)ので、同巡査は手をいつたん離して帽子を拾つてかぶり、歩道の手前まで抱えられて移動している被告人の足(どちらかの足は宙に浮いており、他の足は地面を突張つていた-四三二丁、四六五丁)を更にかかえようとしたとき、岡本巡査の右手が被告人の登山靴でけられ(四六六丁)、出血を伴う(四八〇丁)右示指擦過傷(六六丁)-親指側の付根、四七〇丁-を負つたが、岡本巡査においては被告人の足をかかえて被告人の抵抗を制止し、その間浦川巡査においても被告人の太ももをかかえ、後から交通指導係の柴田喜義巡査も協力して四人がかりで被告人を駅前派出所に運びこみ被告人に手錠をかけ、逮捕行為を終了したが、右派出所において、岡本巡査の下の唇の方は盛り上がつたようになつており、右手の人差指のところが、切れて血が出ていたことがわかつたので、沢田警部補の指示により岡本巡査は医者に行つて診断書(六六丁)を書いて貰うにいたつた(一三八丁以下、二〇〇丁)ことが認められる。(右診断書にいう加療五日を要する右示指擦過傷は刑法二〇四条にいう傷害と認めるに十分である。)
(二) 右被告人の岡本巡査に対する加害行為は、被告人においても、私は逃げようという気持で、全身をもがきましたが、腕が掴まれているので結局右足が一番よけい動いたのだと思います(七八丁うら)と述べている如く、前記認定の如き状況下における逮捕を免れんための抵抗により発生したものであり、足を抱えにきている逮捕者に対し、足をとられまいとして必死になつて登山靴をはいた足を前後、上下に振れば、逮捕者の顔面、手等を蹴ることになることになりかねないことは明らかであり、金具も附いている登山靴が当れば傷害を与えることも予見可能であるのに、被告人は敢て足を動かして岡本巡査を蹴つたと認められる抵抗行為を二度にわたつて実行しているところよりすると、暴行により公務執行の妨害をしたものと認めざるを得ず、加えてその結果岡本巡査に前示の如き傷害を負わせた刑責もこれを免れ得ないものと解する。
右岡本巡査に対する被告人の暴行は、適法な逮捕行為が終了してない途中の逮捕を免がれるための積極的加害行為であり、所論は到底採用できない。
(三) なお、横田巡査部長及び柴田喜義巡査が、被告人の岡本巡査に対する加害状況を目撃していないのに対し、岡本巡査が顔を蹴られたときの目撃者である浦川巡査は、「公務執行妨害になるということだと、証人としては岡本巡査がけられたというふうに思つたんではないか」との尋問に対し、「そのときは思つたけれども今いうことばに表わす場合には、やつぱりその時の状況でこちらから見た状況とむこうでのあばれた人の立場からだつたらけられたというようなことばにはならないわけでどちらかということは本人のことだと思います」(五五七丁うら)と答え、更に「本人の気持は別として、はたから見ていた感じとしてはどうですか」との尋問に対し、「直観ではけられたと思つたけれども、その言い方によつてはそういうふうにも言えないし」(五五八丁)というような微妙な答え方をしているが、浦川巡査の供述には変遷があり、そのとき浦川巡査は、公務執行妨害になると思つた(五五一丁)というのが同人の直観であるというこが真実である限り、岡本巡査も前記の如く顔をけられたと感じているのであるから、被告人が第一回目岡本巡査の顔面を蹴つたと認定する支障とはならないものと認められる外、岡本巡査においては、右手の被害を、その時には意識してはないようであるけれども、逮捕行為に夢中になつている被害者において被害の瞬間その衝撃等を意識しないことがあるのは、経験則上も首肯できるし(被告人においても動転していて-一、四九六丁うら-三人目の警官が足を持とうとした記憶はないという-九三〇丁)、他人に指摘せられて、はじめて傷を見て二回目に足をとりに行つた時のけがであり、傷の形状等よりして登山靴の裏の金具による加害であると推認供述する(四六五丁以下)点に不合理はないものと認められる。
三 以上要するに、弁護人の指摘する当審における事実取調の結果を十分考慮しても、所論の如き事実誤認及び法令適用の誤はなく、論旨はいずれも採用できない。
よつて、本件控訴はいずれも理由がないので、刑訴法三九六条、一八一条一項本文により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川豪 裁判官 越智傅 裁判官 小林宣雄)